危ないよ!と言われると、なぜか行きたくなる。それがインドの魅力
コルカタに行って良かった17つの理由
・初めて見る最貧困層集落
線路上に住む集落はボランティア施設よりも助けが必要だと思う(ゴミだらけの場所でゴミを拾って生活)
・便利になる、新しくなる、変わる、が「いい」とされてない概念
100年前から生活はあまり変わってないのではないか?
・スマホに支配されてない
スマホみんな持ってるけど使ってる人があまりいない。(日本の電車内での使っている人と使っていない人の比率がインドと反対)
スマホで世界を見れるんだろうけど、それに服も生活も食事も全然影響受けてないの!
・体型を気にしないってこんなに楽なの〜〜〜〜!!!人の目を気にしない!
女性は基本肌を見せちゃだめ。何かしら布巻いて体型が見えない服装をしている。見せない、見えないから「うわ〜あの人めっちゃ細い!!!いいなあ。あの男の人めっちゃマッチョやで、やばない?」がない!
自分はそのプレッシャーなく生活するのがとても解放的で幸せだった。
人が多すぎて他人のことを気にしないのは東京と似てるかもしれない。けどコルカタはオンラインでも他人気にしないからね。その違い。
・もしかしたら私の2は誰かの3かもしれない
数字も色も私たちの当たり前は誰かが昔決めただけの話。私の当たり前は誰かの常識じゃないかもしれない。そんなことが起こる世界。
・助けることが「できない」じゃなくて「やらない」
最終日は高級ホテルに泊まった。その屋上から見えるのはシェルター暮らしの子供が道路で遊んでいる姿。
ホテルからホームレスが見える。ホームレスはホテルが見える。みんな見えてる。
もはや助けを求めていない?それでいい、これはこうなのって感じ?
・「貧困だからかわいそう」っていうのはただの金持ちのイメージ
正直なところ、「裕福だからかわいそう」にシフトしてきてるんじゃね?
・ボランティアも「私ボランティアしたよ」っていう自分ブランドづくり
ボランティア受け入れ団体もそれをわかっていて、アクティビティを与えてあげている感じ。もはやボランティアってなんだ?
↑だから!やってる「感」を求められる今の時代にそってる
マザーハウスはお金も何もいらなかったけど、ボランティアするために大金払わせせるボランティア斡旋会社が今たくさんある理由を理解した。お金払ってまでボランティアする時代!!!
・マザーテレサが言ってた「彼らに奉仕するためにわざわざコルカタに来る必要はない、貧しい人がいる場所はどこでもコルカタなのです」を体で理解
「コルカタでボランティア1ヶ月してるねん!」とか言いながら
実の両親と喧嘩中!とかちゃうちゃう!優先順位どない?みたいな
お金かけて知らんばあちゃんに言葉も通じひんのに笑顔で「ご飯食べよっか〜」しゃべるより、自分のばあちゃんに会いたくなった。
・食べのもが美味しすぎる!!!
私はベトナムより100倍食に関しては満足!辛くしないでって言ったらなんでも美味しくいただけた。
屋台でもレストランでもどこに言ってもほんまに安くてお腹いっぱいになれた。6日間毎日カレー!意外にイケた。むしろすでに恋しい。笑
日本のインドやさんでないものが屋台に多くて最高だった。
朝100円、昼300円、夜500円あれば十分
・話しかけてくるセールスあるけど、みんなあんまりしつこくない(日本語喋れるセールスマン多すぎてびびる)
・アジア人ってだけセレブになれる!
アジア人が珍しい地域。歩いてるだけで写真をせがまれることも。笑
・思ったより安全
繁華街は人が多いから夜中に外出ても意外といける
・「ま、いっか」が強すぎて反省
車ぶつけられても喧嘩にはならない。ま、いっか精神が強すぎる。
・ぼーっとできるようになる
「考えることがいい、考えないことがだめ」はない。ぼーっとしていいの。それでいいの。それがいいの。
私、考えない人見てたらイライラしたり、そういうタイプ嫌いだったんだけど
ぼーっとしてる人はインド人の精神を持ってる人って考えるようにしたらとても楽になった。笑
・男社会バリバリ残ってるし、日本の女性は進んでるなあって感心できる
外で歩いているのは9割男性
・「これはこう」の力が強すぎる
街を歩けば、こうしたらいいのに〜とか思うけど。ちゃうねん。これはこうなの!!!
・世界中の道路どこでも歩いて渡れる自信つく
信号なんてないから、もうどれだけ「私は死なない」って信じる力に限る
なれてきた最終日はもう怖いものなく渡ってた私たち笑
コルカタに行って本当に良かった!!!
自分は何がしたくて何がしたくないかがわかった。そして!
愛の反対は無関心。
今回はインドに関心を持って愛が深まった。
これを機に私はもっと人と愛の溢れる人生を送る! 旅は人生だ〜